ベイカー街の亡霊は、2002年に公開された劇場版名探偵コナンシリーズ第6作に当たります。
　脚本は野沢尚さん。初めて古内さん以外の脚本家が手がけました。野沢さんは高名な脚本家であり、それまで名探偵コナンに全くかかわったことのない方でした。意外なことに、野沢さんの方からオファーがあったのです。お子さんが名探偵コナンのファンだったため、お子さんに尊敬されたいという思いでのオファーだったそうです。
　さすがに実績と実力のある野沢氏渾身の脚本は、今見ても斬新で面白い。傑作と言って良いでしょう。AIによる仮想空間を扱った少しSFチックな話ではありますが、現実世界での事件解決をコナン(新一)の父親工藤優作が担い、仮想空間のシャーロック・ホームズ時代のロンドンではコナンが中心となって戦う、その構成や、仮想空間世界の構築など、なかなかに見ごたえがあります。何しろ仮想空間の中なので、コナンは便利道具も使えず、本来の自分の能力でのみ立ち向かうしかありませんでした。当時、劇場版名探偵コナンの最高興収34億円を叩き出し、それが破られるまでにはかなりの時間を費やしました。今も非常に人気が高い作品です。
　仮想空間の中で、コナンドイルが書いたホームズ話の中では、唯一ホームズを出し抜いた女として描かれていたアイリーン・アドラーが、劇中では工藤有希子がモデルとなり、ホームズの恋人であるかのような描き方がされたのは、正直、違和感がありました。実はこの映画の影響で、コナンファンの中にも、アイリーンはホームズの恋人であるという勘違いをしている人が少なからずいるようです。

　そして、肝心なこと。名探偵コナンの本筋(新一と蘭のラブコメ)には、あまり触れられませんでした。蘭から新一への気持ちは描かれていましたが、コナン(新一)の蘭への気持ちは殆ど描かれませんでした。どちらかといえば、父親である優作との関係の方に重きを置いていました。
　野沢氏は、蘭よりも虚無的な灰原に惹かれる、今度機会があればコナン・蘭・灰原の三角関係を書いてみたいと仰っていました。
　正直、高名な作家である野沢氏が、名探偵コナンという作品の神髄・本質を理解されず、自分からオファーをされていながら、ご自分の好みを優先させたことには、かなり落胆させられました。もし、野沢氏が名探偵コナン作品の本筋を尊重した脚本を書いてくださっていれば、どんなに素晴らしい作品になったことかと、本当に残念でなりません。